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石川英明のblog

パーソナルキャリアコーチ石川英明

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Solphia財団代表理事石川英明が、
気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。

幸せになろうとしちゃいけないよ。

category : 未分類

幸せになろうとしちゃいけないよ。
幸せを求めて、幸せだらけの人生にしようと思ったら苦しくなるよ。

悟りに達しようなんて思っちゃいけないよ。
悟りを求めて、悟りを開いた人生にしようと思ったら苦しくなるよ。

幸せになろうとするよりも、
今を満喫することだよ。
悲しい事、腹立たしい事、苦しい事、嬉しい事、言えないこと、伝えられたこと、ありがたいこと。。。
その一つ一つが、人生の宝石だから。。。

悟りをひらこうとするよりも、
今を満喫することだよ。
心は常に揺れ動いていて、喜怒哀楽が湧き続けていると受け容れたら、
もう困ることはないよ。

Comment now » | 2017/2/10(金) 11:59

不思議

category : 未分類

僕は宇宙の構造にとてもとても興味があって。

子供の頃は天文学者になるのが夢でした。
親に毎月プラネタリウムに連れていってもらい、
望遠鏡をせがみ、富士山まで星を見に連れていってもらったものです。

初めて肉眼で土星のわっかを見たときの感動とか、
本当に素晴らしかったです。

そして何よりも僕の心を捉えて離さなかったのは
「今僕が見ているさそり座の一等星(アンタレス)は、500年前の姿なのだ・・・」という不思議でした。

光速以上のスピードはなく(量子スピンのような現象はありますが)、
僕らが網膜を通して「今」と認識するものは、理論上全て「過去」です。

しかも夜空を見上げたときに、
ある星の500年前の姿と、ある星の10年前の姿、ある銀河の200万円前の姿を同時に見ているのです。
いやぁ、不思議だ。不思議ですよね。

大人になって、量子力学の世界に触れると、
自分の感覚と、宇宙の原理のズレの大きさに驚きました。
(今でも、驚いている気がします)

僕らにとって、目の前の鍋は、とても絶対的に鍋であり、
僕がどうしようとも鍋は鍋です。

けれども、量子力学的世界観で言うと、
鍋は、僕がいてはじめて鍋として存在しうる、ということになるんですよね。
いやぁ、不思議だ。不思議ですよね。

Comment now » | 2016/7/24(日) 22:08

人生で心の底からピンチだと感じたことはありますか?どんな風にして乗り越えましたか?

category : 未分類

「人生で心の底からピンチだと感じたことはありますか?
どんな風にして乗り越えましたか?」

いやー、そんなピンチだらけだったのでw
ホントにね!!

そのピンチの内容とか種類によって、乗り越え方みたいなものも全部違ってきたと思うので、なんとも言えないんですけどね。

ただ、これもよく言われることだと思うんですけど
「ピンチはチャンス」であり、「神様は乗り越えられない試練はお与えにならない」
とは今になってホントに思います。

けどねーー!
渦中にあるときは、全然そうは思えませんけどねーーー!!

でもちょっと最近は「しょっちゅうピンチは来るもんだ」って開き直ってきて(´Д`)
心の底からピンチだと感じているのに、それほど深刻にはならない、
っていう技を身につけた気がします。

心の底からのピンチって、
なんていうか、選択肢が全然ないように見える状況なんでしょうかね。

Aは無理。
でもBも無理。
ってことは、もう絶対無理じゃん。

みたいな。

で、結局、そんな状況に遭遇しても、
こうやって生き延びてきているのは、
どっかのタイミングで「A’もあるかもしれない」
「B’もあるかもしれない」いやいや「CもZもあるかも」
なんだったら「イロハってのもあるな」
ってことに気づけて、
それで生き延びてきたんだと思うんですよね。

Aは無理。Bも無理。
っていう状況って、振り返ってみればですけど
「Cもあるんだよ」ということに気づくためにあったなぁと思うわけです。

人は色々、自分ルールを作っていてですね。
「弱みを見せちゃいけない」とか
「人に頼るなんて絶対しない」とか
「謝るなんて死んでもしたくない」とか、
ホントにいろいろルールを持ってるんですよね。

そしてそのルールは非常に暗黙的で、大前提となっているがゆえに、
自分でも気づいていない。気づいていないうちに自分を縛っている、
そういうのがあります。

例えば「人に頼るなんて絶対しない」っていうルールを暗黙的に持っていると、
これなぜか「人に頼らざるを得ないようなピンチ」がやってくるんですよね、面白いんですけど。

で、そのルールを無意識に持っているから、
頭に思い浮かぶ選択肢は
・自分でAをやればいいだろうか?(いや無理だ)
・自分でBをやればいいだろうか?(いや無理だ)
・自分でCをやればいいだろうか?(いや、それも無理だ)
みたいなことになるわけですね。

人に頼って、AとBとCをお願いして、自分はXをやる、
みたいな発想が出てこない。だからピンチを招くんですけどね。

しかもさらに面白いことに、
こういう状況の時って、友人とかがアドバイスくれてたりするんです、実は。
「えー。それはさぁ、AとBは人にお願いすればいいじゃん」とかって。

ところがですね、もう無意識の大前提がありますから、
「分ってないなこいつは・・・。」とかって、アドバイスをはねのけちゃってるんですよね。

もうね、これホントに僕よくやってきました(涙
いやー、もっと素直にアドバイスに耳を傾けてこれたらねー!!

まぁ後悔先に立たずですけど。

これはちょっと科学的にまだ説明できなくて、
「直観」としか言いようがないんですけども、
そういうピンチの状況のときとかに、妙に連続して同じメッセージに触れることがあります。

漫画を読んでいると主人公が「自分の弱さを認めるよ・・・」とか言ってて。
電車に乗ってると本の広告に「リーダーは人に頼るのが上手」とか書いてあって、
友達と話してると「いやー、こないだ先輩に助けてもらってさぁ」なんて言われて。

妙に続くんですよ、ホント世界は面白い。

こういうメッセージをキャッチできるようになると、
人生のピンチをクリアする難易度は下がってくると思います。

意固地になってると気づかないでスルーしちゃうんですけど、
ちょっと素直になって「あれ?妙に同じメッセージに触れるな・・・」を感じとると、
うん、人生のスムースさはぐっと上がると思います。

・・・とかって書いてますけどね、
こういうコツみたいなのは確かに有効だとも思いますけど、
書いている自分自身、「この先、こういうコツじゃ通用しないようなピンチが待ってるかもな」と、戦々恐々としていることを最後に告白しておきますw

引き続き絶賛「問い」募集中です♪

1 Comment » | 2016/7/9(土) 9:10

平和な世界を作るのに、どんな手伝いができますか?

category : 未分類

これは、私がfaecebookで「平和な世界を実現したいから、みんな手伝ってほしいんだよね」って投稿したら、「具体的にどうしたらいいでしょう?」って質問をいただいて。

ホントに。とても嬉しいのです。

えっとまず。
僕がイメージしている平和な世界というのは。

社会から「争い」がなくなっています。
もっと具体的に言うと、武器がなくなっています。

もうホントにそれに尽きますかね。
それだけで、かなり世界は変わっていますからね。

残念ながら今はまだ「自衛のために武器を持つ」という必要性がある世界だと思っています。だから、今ある武器を批判する気はありません。

ただ、みんなの意識が拡張していって、変わっていった先に、
怖れる必要がなく、争う必要がなく、結果として武器いらないねって世界が出現すると思っていますし、
それは夢物語ではなくて現実的にそうなると思っています。
夢のような美しい世界が、本当に現実化するものだと確信しています。

じゃーですね。
「争いがない」というのは、どういうことかっていうと、
人々の心の中から、争いがなくなっているわけですね。

でも「争いが、ない」っていう否定形によって、
望む世界を出現させることはできません(この辺の理屈についてはまたどっかで書きたいと思いますが)

では、肯定形だとどうなるんでしょうね?

これがねー、実は僕もちゃんとイメージしきれてなくて。
だからこそ、こうやって問いをいただくことで、明確化していくから、
ホントにありがたいです。

ひとまず今出てくる言葉でいくと
「分かち合いたい人が、分かちあいたい人と、分かちあいたいだけ分かち合っている世界」って感じですかね。固いわ(´Д`)

もしかしたら国家間で分かち合っているかもしれないし、
家族の中で分かち合っているかもしれないし、
世代間で分かち合っているかもしれないし、
地域同士で分かち合っているかもしれないんですけど、
そんな世界ですね。

平和で豊かな世界です。

この世界を出現させるのは、ある意味においてはとてもシンプルです。
全人類が、1日1日を、そう過ごせばいいだけなんですよね。

一時期、facebookとかですごいシェアされてた
すし三昧が海賊を漁師に変えたって話。
あれってすごい分かち合いだと思うわけです。

で、僕ら一人一人ができること、そしてとてもそれは大事なことなんですけど、
日々の中で、出来る限りで実践していくことです。

例えば、無知を批判するのではなく、知恵を分かち合う。

例えば、電車でお年寄りに席を譲る。

あれね、ホントに不思議なんですけど、
席を譲るじゃないですか。
まぁ、立ってるより座ってる方が体力的にラクな感じなんですけど、
席譲った時の、自分が満たされて、漲る感じ。

自分の心の中に平和とか豊かさとか、愛とか、
そういうのがあることを本当に感じられて幸せです。

席を譲られた方のお年寄りもね、
ほっこりしますね。ほっこりするってのは、心に余裕が生まれます。
スペースができるんですね。

そういうスペースがあると、そのスペースでより広い事を感じたり、
考えられたりするようになります。

「ああ、今の若者も素晴らしいなぁ」
「今の若者の未来も素晴らしいといいなぁ」
「そう考えたら、次の選挙は、どういう選択がよいかなぁ?」
なんて、そういうのを考えるゆとりが生まれるんですよね。

こういうことが拡張循環していくことで、
確実に平和な世界は広がっていくんですよね。

これをやるときに、無理しないとか、
義務感からやらないのも大事だと思います。

ホントに疲れているときに「お年寄りには席を譲るべきだから、
席を譲る」って自分を縛りつけているとですね、

なんかちょっと恨みが募るんですよね。

「ゆずってやった」とかね。
「ゆずってやったのに、お礼のひとつも返してこねーなこのババアは」とかね。

そんな気持ちになるくらいなら、
自分が座って、体を休めた方が100倍いいだろうなぁって思います。

これ、コツがありまして。

「譲るべきだから譲る」んじゃなくて、
「譲るのが自分にとって自然だから譲る」って感じでいるのにはですね、

普段から、自分がどれだけ「もらっているか」を意識的にカウントしたりしてると、
これやりやすいんです。

「昨日も、トラブルあったの同僚に助けてもらったなぁ」とか。
「おじいちゃんが入社祝で買ってくれた時計、ホントに気に入っているんだよなぁ」とか。

こういうのをカウントしていっていると
「もらってお返ししたもの」もたくさんあるけど
「もらったけど、お返しできてないもの」もたくさんあるんですよね。

究極言うとね、蛇口をひねればお湯でシャワーあびれるとかだって、
自分で水道設備作ったわけじゃないし、
まぁ、もらいものみたいなものです。
ラッキーですよね、蛇口捻ればいつでも水が出てくる国と時代に生まれてね。

この「もらってるものカウント」が得意になってくるとですね、
まずまぁ、自分の心がちょっとほっこりします。
ゆとりが出てくる。

そうするとね、
人に何かを贈るのだって、わりかし自然な行為になってくるんですよね。

地道なようだけど、これが最速の道なんだと思ってます。僕は。
平和な世界を作るのにね。

そうやって生じた、ゆとりとかスペースで
「家族にももっと幸せであって欲しいな」とか
「同僚にももっとラクであって欲しいな」とか
「日本の他の地域の人も楽しく暮らせているといいな」とか、
そういうのを考えたり、調べたり、行動したりする。

それが昨日より1秒でも増えたら、
世界は、昨日より平和になってますね、ホントに。
去年より1分増えたら、相当平和になってますね。

そうやって指数関数的に、平和な世界はその姿を出現させて行くんですよね。

だからどうぞ、自分の存在の偉大さを受け入れて、
毎日、自分らしく生きて下さい。
本当に。それが心からの願いです。

Comment now » | 2016/7/8(金) 22:50

どうしたらお金を最大限活用できると思いますか?

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「どうしたらお金を最大限活用できると思いますか?世代別でも、タイプ別でもお金の使い方のアドバイスはありますか」

ふむ。お金の使い方ですね。

ホントに欲しいものにお金を払う。
払う時は、気持ちよくお金を払う。

まずはこれにつきますかね。

あ、先に言っておきますが、
僕はフィナンシャルプランナーじゃないので、
「この保険がいいですよ」とか「株式よりは不動産がいいですよ」とか、
そういうことは分かりません。
別に服を買ってもいいし、旅行してもいいし、
誰かへのプレゼントに使ったっていいです。
具体的な使い道には、僕は興味がないし、回答する適任者ではありません。

基本的に「気持ちよく払う」ことができれば
自分も他人から「気持ちよく払ってもらう」ことができる確率はぐっと上がります。

僕からすれば、お金の最大限の有効活用は、
「気持ちよく払って、気持ちよく払ってもらう。の循環」に尽きます。

※最近、循環を越えた”摩訶不思議の世界”ってのも教わったんですけど、
 まだしっかり伝えられる段階にないので、それはいずれまた。

気持ちよく払わないとき。
それは売ってくれた人も、買った自分も侮蔑して攻撃している状態です。

気持ちよく受け取れないとき。
それは買ってくれた人も、売った自分も侮蔑して攻撃している状態です。

今回は「使う」方にフォーカスして書きますが、
例えばコンビニで水を買ってお金を払う時、
どんな気持ちで払っているでしょうか?

「あーあ、お金が減っちゃうな」と思っているか。
何も考えずに機械のようにそのプロセスを処理しているか。
「レジ打ってくれてありがとう」と思っているか。
「コンビニごときで待たしてるんじゃねーよ」と思っているか。

ちなみに「自分が支払う側のときの気持ち」を、
殆どの場合「自分が支払われる側のとき」にもされることになります。
これホントね、不思議なんですけどね、
鏡の法則とか、原因と結果の法則とか、引き寄せの法則とか、
まぁ呼び方はいいと思うんですけど、結構そうなりやすいです。

「コンビニごときで待たしてるんじゃねーよ!イラッ!」と思って払ってる人は、
自分のお客さんにも「待たしてるんじゃねーよ!イラッ!」とされている場合が多いんですよね、ホントにね、面白いことに。

これはもう心の癖なんですけどね。
お金を払う時に「嬉しいなぁ。有難いなぁ」って払う癖がついているか、
それとも「高いなぁ。また手持ちが減るなぁ。嫌だなあ」とか、
「こっちは客なんだからちゃんとしろよ」とかって払う癖がついているか。

どの気持ちも選べるんですけど、
あなたはどれが選びたいですか?って話なんですね。

まぁお勧めは気持ちよく払う、ですけどね。

コンビニで水買えて嬉しいなぁ。
水飲みたい時にすぐ買えて飲めるの有難いなぁ。
レジ打ちのバイトしてくれる人がいて、トラックでお店にお水を運んでくれた人がいて、ボトリングする工場で働いてくれてる人がいて、雨水を降らしてくれている自然があって、有難いなぁ。

そんな気持ちを込めて、117円払う、みたいなね。

さらに言うと、
その117円払った先に、このレジ打ってくれてる人も幸せなってくれるといいなぁ、
コンビニの店長さんも幸せになってくれるといいなぁ。
税金がしっかり使われて国中の人が幸せになってくれるといいなぁ、
なんて思いを込めることもできますね。

またさらに言うと、
この117円のお金は、お客さんからいただいたんだよなぁ。
お客さんは、また別の仕事をして稼いだお金で払ってくださったんだよなぁ。
仲間といっしょに稼いだお金だよなぁ。
なんて思いも込められちゃうわけですね。

豊かさを感じる、ってのはこういうことなんだと思ってます。

こうやって「お金を使う」習慣を身につけていると、
いつも喜びと共にお金といられるようになりますね。
お金を愛して、喜びとと共にお金といられるようになると、
お金からも愛されて、結局、実際問題の収入とかも増えちゃうんですけどね。

まぁ、この辺の話は、引き寄せの話とかする人は、
みんな言うことだと思いますけど、僕もそう思っています。

お金を使う時に「減る」ことにフォーカスすると、
減る循環を回していくことになるので、どんどん減っていきます。

お金を使う時に例えば「感謝」にフォーカスすると、
感謝の循環を回していくことになって、感謝がどんどん拡張していきます。

これでもね、単純に現実的な話として、
例えば、コンビニの店員さんだって「いつもありがとう♪」って言ってくれるお客さんには、ちゃんとサービスしたいですよ。雑に商品を袋に入れようとかしないでしょうしね。気持ちよく「ありがとうございました!」とかって返してくれて。それだけで豊かさって増しますよね、っていう普通の話です。

給料とかをもらうときだって「なんだよ、これっぽっちか」とかじゃなくて
「ああ、今月もちゃんと給料もらえて有難いなぁ」とかだったら、
経営者とか、上司とか、そりゃ嬉しいですよ。ああ、この部下のために
もうちょっと頑張ろうって気持ちになりやすいですね。
そういう普通の話です。

あ、あとね「ホントに欲しいものに払う」のもすごく大事だと思いますよ。
妥協して安いモノを買うとか(自分自身を過小評価することになる)
欲しくもないのに流行のモノを買うとか(自分を殺すことになる)
そういうことをしていると「自分が満たされない」ので、
結局支出が増えて(消費でなんとか埋めようとして)、
貧乏な状態になるとかなりますからね。

逆に値段がはろうと「自分のために喜んで買う!」ってできる人は、
自分にそれだけの価値がある、それを買うにふさわしい自分だって思えていて、
とても豊かな生活がおくれるんですよね。

1 Comment » | 2016/7/4(月) 10:02