Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
教育と学習の本質って
category : enhanced life
教育は人を変えようとするものですから、
教育者は生徒が知らなかったり気付いていない答えを持っていて、
それを教えるのが教育ということになるでしょうか。
学習というのは変わることが本質でしょうから、
自分が知らなかったり忘れていたことを知ったり思い出したりして、
自分を変化させるのが学習ということになるでしょうか。
答えのない世界では教育者は存在し得ないですね。
だって、教えるべき答えがないわけだから。
そこで、学習を促進するような場作りをしようということで、
そういったことを追求している人たちもいるわけですね。
なんて呼んだらいいかわからないですけど、教育の場の設計者とかって感じでしょうか。
ただ、学習が促進される場を形成するということと、
直接教育をするということが、本質的に違うものなのかどうか
少し疑念が残ります。
なぜなら、場をデザインする際に、デザイナーの意図は必ず入るわけで、
つまりそれはデザイナーの限界は超えない、ということになるだろうからです。
だから、答えのない世界では、教育なんていうものは成り立たない、
場の設計だとか言葉を変えても、それは変わらない、
答えがないなら、物差しもない、なんとも測り難い、
むしろそれが、教育というよりは学習の本質な気がしています。
ところが僕自身は教育者であろうと思っています。
共に育むで、共育とかって書いても、ある種逃げであって、
やっぱり僕は教育者でありたいと思っているところがあります。
教育者にしかなれない、とも言えるでしょうか。
答えを持って教えるのが教育とすれば、
自分以上の人材は、自分の生徒からは出てこない。
生徒が自分を超えて、自分を必要としなくなったときに、
ある意味成功したといえるけれど、理解不能になった生徒を理解することはできないから、
本当の成功は自分では理解できないというパラドックスがあるかもしれないですね。
だから、僕は教育者でありたい、人を育てたいと思っていますが、
もちろん、人を育てるということは可能だし、価値があると思っていますが、
一方で、自分自身が学習者であり、
接する人は全て自分の先生なのであると思える自分であればいいなぁと思います。
先生と生徒の関係では先生以上のモノは出てこないけど、
学習者と学習者の関係なら、二人の学習者を越えた何かに到達できるかもしれないわけですからね。
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