Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
意味の携帯
category : enhanced life
目標を達成するために全力を尽くすのではなく、
全力を尽くすために目標があるのだ、
と2年前くらいに考えたことがありました。
今チクセントミハイ博士の「フロー体験」を読んでいます。
それを読んで思ったことはたくさんあるのですが、
その中で一つ、意味を問うこと自体の意味について考えさせられました。
究極的には、幸せな状態というのは、
意味を問わずに(しかし十分に意味を実感しながら)暮らしている状態なのかな
と思います。
意味を問う必要すらないほど意味を感じていれば、
意味を探す必要はないですよね。
成長することが喜びなのであるというのは、
ずっと僕は信じてきたことですし、
一面真理であるとは思いますが、
成長を目的にすることには少し懐疑的になってきました。
成長は副産物であって、目的にはなりえないのかもしれない。
常に没頭している状態を維持することが大切であるとしたら、
没頭は成長を意図していないのではないか?
「ただ、それがしたい」ということに他ならないのではないか?
とは言えチクセントミハイは動物的欲求を神に置くのは、極めて危険であると
警鐘を鳴らしています。
人の性格形成に影響を与えるのは
心理学の研究では、1番は遺伝子、2番目が社会的状況と言われています。
チクセントミハイは、この二つが求める公式から逃れることが
重要であると述べています。
つまり、遺伝子の公式とは、性欲や食欲を満たす⇒快感を得る
社会的状況の公式とは、親の期待に応える⇒快感を得る
社会の期待に応える⇒快感を得る
という外部からの欲求に答える存在でいるということです。
「ただそれがしたい」と思っていることが遺伝子や社会的状況
の公式をなぞっただけのものであれば、
永続的な幸せは訪れない、ということでしょう。
仏教ではこの状況から逃れることを解脱と言っているのかもしれません。
では自分の「ただそれがしたい」が、純粋に内発的なものか、
外因的なものかは、どのように識別されるうるのでしょうか?
それについても「フロー体験」は詳しい考察がなされているようです。
週末はこの本にどっぷりかもしれません。
内発的な意味の生成、というのが僕の仕事なのだろうと思い始めました。
外因的な目的による行動に対する意味の付与をしていては危険なのかもしれない、
という気もしています。
マズローの5段階欲求説では、承認の欲求が満たされなければ、
自己実現には至らないとされています。それであれば、
承認欲求が充足されていない人は外因的な意味の付与も
価値あることなのでしょうか?
このあたりについても「フロー体験」が示唆を与えてくれることを期待しています。
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