Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
複雑化
category : enhanced life
いかに生きている間の充実感を高めるか、
ということをえんえんと考えているわけです。
それで最近、少しわかってきたように思っています。
充実感は、”方向性”と”方向に対する自己効能感”を持った時に生まれます。
ただし方向性には持続性の高いものと低いものがあり、
持続性の低いものは、外部的イベントを機にどんどん淘汰されていきます。
方向の再設定を迫られた時、人は不安定な状態に陥ります。
方向に対する自己効能感を極地まで高める研究の一つがフロー体験の研究です。
(チクセントミハイ博士は方向性の淘汰に関しては言及はしていても、
あえて考察は深めていないように思えます)
定まった方向性にたいしては、
1.目的は既に明確である(方向性は定まっているため)
2.直接的なフィードバックを得られるようにする
3.現在能力とバランスの取れた難易度を設定する
4.集中できる場をサポートする
ことによって、「自分で制御できている感覚」を強め
「自我と時間感覚を意識から外す」結果を得るようにすることで、フロー体験を導
くことができます。
フロー体験の最大の利点は、没入状態そのものにあります。
つまり、フロー状態にある人は、時間に対する意味を問いません。
意味を問う必要がないほど、充実感が自身を包んでいるからです。
しかしながら、フロー体験は、どのような方向性にも起こりえるものなのです。
つまり、強盗殺人計画の遂行ですら、
1.金を手に入れるという目的が明確であり信じていて、
2.計画通りに進んでいるかのフィードバックが得られ
3.自分の能力が最大限必要とされる難易度であり、
4.実行に集中できていれば
フロー体験に陥るわけです。
フロー体験の研究から学ぶべきことはフロー体験を常に導けばよいということではなく、
“チャレンジ”がフロー体験を生み出すという点に限って学べばよいように思われます。
つまり、二つのチャレンジ、
不安には能力向上のチャレンジを、退屈には期待向上のチャレンジをすることで、
フロー体験に入るということです。
方向に対する自己効能感は、この理論を理解し実践することで、かなり高められ
ることでしょう。
一方で、方向性についてはどうでしょうか。
方向性そのものの淘汰もこの世では行われ続けます。
フロー状態になった活動でも、それを繰り返すことが難しい場合があります。
例えば前述した強盗殺人は、繰り返すことが難しいでしょう。
方向性を考える上で、一つ参考になりそうなのが複雑系の研究結果です。
複雑系は自然淘汰及び自己組織化の”パタン”を導こうとしていますが、
その研究成果から宇宙の自己組織化にはおぼろげながらパタンが見えてきているようです。
複雑系、自己組織化については今なお研究が積み重ねられているようで、
明確なことは科学的知見からはわかりませんが、
現時点でもある程度の確からしさで言えそうなものがあるようです。
まず【単独】では生き残ることができません。
というよりも生まれることすらできません。
そもそも生命の発生は、多元素の結合パタンから成っている可能性が高く、
他との関係性なしには生命は発生すらしなかったかもしれないのです。
生命はエレメントだけでは成り立たずパタンを必要としているようです。
また【より複雑になる】傾向があります。
複雑さは、新たなネットワークをもつことで獲得されます。
1国は貿易をすることで、複雑さを増します。
当初が受身的か積極的かに関わらず、貿易は開始され、
複雑性は増していくのです。
原始世界では単細胞生物しかいなかったものが、
多細胞生物へと複雑化してきました。
生命も社会も複雑さを増しながら、ここまで進化してきており、
時間の流れと共により複雑になっていくのは”自然なこと”のようです。
複雑になるということは、外部インプットの絶対量が増えること、もしくは、
外部インプットに対する受容量が増えるということが必要になるでしょう。
関係性を持ちより複雑な存在になっていくということは、
これまでの歴史を振り返れば、
宇宙の真理と呼べるものに近い方向性と言えるかも知れません。
それは主体が、社会や国と企業といった概念としても、
個人であっても変わりないように思われます。
ある主体が、より複雑な存在になるということはどういうことでしょうか?
僕が思うには、個人を対象にして脳科学的に言えば、
瞬間で処理する情報量を増やす、ということではないかと思います。
たとえて言うならば、
複雑性を増してきた経営者は、
自分の判断の影響範囲について大量な情報をカバーし、苦渋し決断する。
けれど複雑性を伸ばしていない経営者は、
即断即決する際の処理情報量が少ないため、心理的負担が少ない。
目に見える範囲では同様の行動であっても、脳が処理している情報量が違うわけ
です。
リストラをする時に、従業員の顔、その家族の顔、地域経済のこと、自分の立場、
株主の利益、様々なことが脳裏をめぐり、決断する経営者と、
株主の利益と自分の立場のみで決断する経営者は複雑さが異なる、
と言えると思います。
複雑さを増すためには、イマジネーションは必須でしょう。
つまり、自分の視点に固執していると処理すべき対象となる情報は増えません。
イマジネーションを豊かにすれば、処理できる情報量は限りなく大きくなります。
単純な世界から、複雑な世界へとシフトしてきているわけですから、
より複雑さを内包した存在は、自然淘汰の波を生き残るでしょう。
より複雑な存在になる、という方向性は、自然の摂理に沿う可能性は高そうです。
ということは、より複雑な存在になるという方向性を「自らの方向性」とすることができれば、
永続的な充実を得られる可能性は高いかもしれません。
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