Enhanced Life based on Passion and Chance

パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ

パーソナルキャリアコーチ石川英明が、
キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。

コーチングのポジショニング

category : enhanced life, コーチング

■日記

今日も2日分の日記を。

【おととい】
まず一昨日の土曜日。
土曜日は、金曜日疲れ果てて寝たのを引きずって
起床は10時過ぎでした。

起きて、まずblogを。
簡単にお昼ご飯を食べて、部屋の片付けと夜の準備。
ボロボロになったバルコニーのテーブルも、
ようやく新しいものが到着し、一安心でした。

というのも、一昨日の夜は最初の会社の同僚(とそのパートナー)
が家に遊びに来てくれるということで、
片づけをして、掃除機をかけて(って別に、毎週やってることですが)

それから、おじいさんはスーパーへ買い物へ。
おばあさんは、家で仕度を。

それなりに大量の食材を買い込んで、家に帰って調理開始。
18時ごろに、みんな集まりだして乾杯しました。
みんなもお酒やらケーキやらいっぱい買ってきてくれて。
 -シャンパンもチェリービールも、ケーキも相当美味。
  ごちそうさまでした。ありがとう。

仕事の話やら、旅行の話やら、家族の話やら、
酔っ払ってちょっと覚えてないところもありますが・・・
非常に楽しく過ごさせてもらいました。

うちの猫もかなり可愛がってもらって。
遊びつかれて、珍しく夜はよく寝てました。よかったよかった。

Uは仕事の疲れか、最後のほうはちょっとお眠りタイムでしたが。
そして、本人が買ってきたケーキが、寝てる間に食われると。
ちゃんと人数分買ってきたのにねぇ・・・。
とかいって、僕も共犯ですが。すんません。

24時くらいになってみなさん帰路へ。
またぜひ遊びにきてくらはい~

 -子供の頃から僕は家に友達に遊びに来てもらうのが大好きでした。
  結婚しての新居も、友達がしょっちゅう遊びに来てくれる家がいいなぁ
  と結構強く思っていて。
  こうやって遊びに来てくれると本当に嬉しいです。ありがとう。

一昨日はそのまま落ちるように眠りの底へ。

【昨日】
昨日は朝起きてコーチングのセッションへ。
帰りみちに昼食を調達して妻と食べました。

 -まぁのろけなんですが、家のダイニングで妻と食べる週末の
  昼食は僕のエネルギー源の一つでして。ここで一週間分の
  エネルギーのかなりを充電してる感じです。
  いつもありがとう。一緒にご飯を食べることが幸せです。

そして昨日は、2日連続での来客があり、昼食後はすぐその準備の開始です。
また買い物をして、料理を始めて。

昨日来てくれたのは、僕の両親と妻の両親。
両家とも僕らの家のルーフバルコニーを気に入ってくれていて、
招待すると楽しんでもらえます。

まぁ昨日の主役へすっかりうちの猫でしたけれども。
僕の親父も、なんか異常にデレデレというか、甘やかしてました。
噛まれても、妙に嬉しそう・・・。

 -自分にとって増えた家族の仲がよいのは本当に幸せなことと感じます。
  一緒にご飯を食べる時は、楽しく過ごせる両家であって、
  本当に安心できるし、嬉しいですね。
  親が元気で笑顔を見せてくれるだけで、子供からしたら幸せなことだと、
  最近はちょっと感じます。

23時過ぎくらいまで6名で会話を楽しんで解散になりました。

その後は、洗い物をざっと片付けて、
ちょっとPCでメールの返信などをして、24時ごろ就寝。

■徒然

今日はコーチという仕事についてちょっと考えてみたいと思います。

「完全なる経営」の中に、教師とメンターを一人の人間がやることは不可能
ではないが極めて難しいという趣旨の記述があります。

ここでいう教師というのは、正義や、社会的価値観に照らして、人を
叱ったり、誉めたり、指導したり、採点したり、”判断”をする人のことです。

メンターと言っているのは、その人を信頼し、受け止め、応援し、
“受容”する人のことです。

この二つの機能を同一の人間が、一人の人間に提供することは極めて難しい
という話で、例えば先生が
 「君は素晴らしい人間だ。君には根源的な価値がある。私は君を本当に
  信頼しているし、期待している。今のままの君を応援したいと思う」
と生徒にいいながら、通知表には、A、B、Cのうち、Cをいくつも並べる。

それが、背反はしていないということを理解するには生徒の側に相当な
成熟度が要求されるし、それを要求するのが適当かどうかは難しいところ、
というような話です。

コーチングはコンセプトとして、この二つでいけばメンターの機能を
重視しているものでしょう。
(ゆえに、”判断”を慎重に取り除こうとしますし、人によっては”判断”を
忌み嫌うコーチすらいるようです)

個人的には、教師とメンターの機能は、常に両方引き出しとして持っていて、
状況や関係性に応じて、最も愛の動機に基づいた対応をし続けたいものと
思いますが、仕事としてはメンターの機能に重心があるべきであろうとも
思っています。

ビジネスパーソンにとって、教師の役割は、マーケット、お客様、上司、時には部下、同僚が担っていることが多いのが現実で、メンターの機能を果たしてくれる存在を、社内外問わずしっかりと確保できている人の方が少ないのが現状ではないかと思うわけです。

もちろん人によっては、斜め上の上司や、社外の先輩、学生時代の恩師、
自分の親、また直接の上司など、素晴らしいメンターがいる人もいることは
忘れてはいけませんが。

コーチは、コーチイィからFeeをもらってコーチングを提供しますから、
純粋にコーチイィを受容し、信頼し、応援しやすい立場にあります。

例えば会社の上司であれば、ビジネスとしての成果と、部下の成長とが、
現実問題としてトレードオフとして解釈される場面に多々遭遇するはずです。そこで、メンターの機能を果たしきれない上司(管理職)を一方的に責めるのは酷というものでもあろうと思います。

しかし、コーチは、経済合理性からいっても全くもって全面的に、
コーチイィのために立居振舞うことが可能なポジションでしょう。

コーチは、自分自身の精神の未熟さ(強要したい気持ち、成長を焦る気持ち、
変化を強いる気持ち、自らを権威付けようとする気持ち、自らの成功を優先
する気持ち、自己を投影するフォーカシングなど)さえ克服できれば、
ほぼ全面的にコーチイィのためにエネルギーを注ぎ込むことができるわけです。

これはコーチングというビジネスにとって、
極めて重要なポイントであろうと思います。
このポジショニングこそが、コーチとしての付加価値の源泉の一つで
あるとすら言えると思います。

重要と思うので付記しますが、教師の役割は現実問題として
決して軽んずべきものではないと最近強く思います。
自分自身にその機能に対する適正があるかは疑問もありますが、
教師の機能そのものは、現実社会においてやはり価値があるものと思います。
あえて記すところですが、コーチングやNLPなどの領域に触れた人で、
非現実的なまでに教師の機能を嫌う人がいることに対しては私は批判的に考えるところはあります。

確かに21世紀の日本のように、平和で低次欲求は満たされ続けるような社会
で、教師の機能の重要性は相当に低下しているかもしれませんが、
「その機能はまったくの悪である」かのようなスタンスは、
自分自身そのように思っていたことも含め、反省すべき点に思われます。

2007/9/17(月) 23:27


2 Responses to “コーチングのポジショニング”

  1. やなぎ Says:

    ポスト・ヒューマン誕生
    を読んで感想を頂きたい。

    これは、徹底的に科学技術の視点から2045年までの人類の未来を書いたもの。
    ブッダもユングも出てこない。
    心理学的なアプローチも哲学的なアプローチもない。

    僕の感想は、「予測は外れることがあるとしても、おおむね良いと思う。反論としては脳のバーチャル化はもっとシンプルなアルゴリズムで記載可能ではないかと・・」

  2. 石川英明 Says:

    >やなぎさん
    ご推薦ありがとうございます。早速「ポスト・ヒューマン誕生」をamazonで購入しました。

    人間の定義は猿との違いによって定義付けてきた側面があるかと思いますが、今後は人工知能との違いによって定義しなければならないことが多いように思います。

    知能とは何か、認知とは何か、存在とは何か、実存とは何か、方向性とは何か、価値とは何か、などを深く考察するために人工知能がもたらすインパクトの側面に眼を向けるのは重要な気がします。

    読んだらぜひ感想を書かせていただきたいと思います。

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