Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
マトリックスの世界観について真剣に考えてみる
category : enhanced life, 社会論・心理学・科学・教養・宗教など
■日記
昨日は、妻のむいてくれたフルーツで目覚めました。
-ありがとう。おいしかったぁ。
家で読書、スタバに行って読書。
帰って、夕食は、ごぼうとねぎとこんにゃくの味噌汁。
なすの網焼き。納豆としらす。あーうまかった。
「生きる」(黒澤明原作)を見て、それから寝ました。
今日は徒然がかなり長いので、日記はこれくらいにします。
■徒然
やなぎさんにご推薦いただいた「ポストヒューマン誕生」を読みました。
最初に、以下の【自己・意識・実存】をちょっと読んでいただいて、
こういう思考は全くもって面白くないということであれば、
今日の徒然は、あとは面白くないかもしれません。
でも【自己・意識・実存】が面白ければ、ぜひ最後までお付き合い下さいませ。
【自己・意識・実存】
僕たちは【自分】を認識する際に、まぁ一般的に皮膚を境界とするでしょう。
【自分の】皮膚より外のものは【自分以外】の何かだと認識します。
なぜそう思うのでしょうか?
なぜそう思うか?という問いすら一般的ではないかもしれませんが・・
いくつかの回答がありうると思います。例えば
「皮膚より中は自分でコントロールできるから」
確かに、右手を動かそうと思えば動かせますね。
でも、自分の髪の毛が白髪になることは自分では直接
コントロールできません。
では髪の毛は【自分】なのか【自分のもの】なのかそれとも
【自分以外のなにか】なのか。
内蔵に棲んでいるバクテリアや菌はどうでしょう。
【自分】なのか【自分のもの】なのか、それとも【自分以外のなにか】なのか。
内蔵そのものはどうか?
脳は?脳は【自分】が動かすことができているのでしょうか?
携帯電話はどうでしょう。
携帯電話を【自分】と認識する人は少ないかもしれません。
しかし、髪の毛と何が違うのか。自分ではコントロールできないところは同じ。いつ壊れるかもわからない。
でも、自分だけの、自分にとって必要な情報が入っていて、自分にとって欠かせない存在である。【自分のもの】であるのは間違いなくとも、【自分】ではないと言えるのか。なぜ、そう言えるのか。
インターネットはどうでしょうか。
積極的に言えば、僕はインターネットは【自分でもある】と思っています。
インターネットから知識を得て、そのインプットを元に自分なりの考察を
加え、またインターネットに戻す(blogを書く)。
記憶も知恵も、かなりの部分を僕は【インターネット】という環境に
外部化しています。
特に記憶に関しては、ネットに依存していますし、
【ネットと自分は切り離せないほど融合している】と表現しても
嘘ではないと思うわけです。
結局、自己という概念は極めて曖昧で、
実体験上記述する上で、【環境と自己】のように記述しますが、
理論的には、トランスパーソナルとか至高体験とか集合的無意識とか
中間世とか言われる我・汝を超えた世界があると結論付けた方が妥当と
思います。
物理学の多世界解釈も、世界観としてはそこに近いものがあるように
個人的には感じています。
【超人類】
近い未来に(著者は2045年、今から約40年後と予想しています)
コンピュータは、人類以上の知能を獲得する、というシナリオです。
僕は個人的にはこれは現実味があるように思います。
(時間軸は分かりませんが)
人類が、進化の系統の最終形でない可能性は十分だと思いますし、
いつか、人類が、人類の手によって自分たちよりも優れた
(優れている、の定義も難しいですけれど)
ものを生み出すのは当然のことと思います。
現に、人類は(もっといえば生物は)連綿と、
自分たちよりは子供たちの世代の方が、優秀で豊かであるという営みを
続けてきたはずです。
(逆に考える人もいるかもしれませんが)
正直に言えば、僕は例えば今の60代よりも優秀な人種だろうと思っている
ところがありますし、
生まれた時からインターネットがある世代には、どうあがいても
“勝てない”だろうとも思っています。
だから、それがいわゆる子供ではなく、
無生物のように感じられるテクノロジーという子供であったとしても
“次世代は自分より優秀”という点で違和感はなく、
まぁそういう時代があるかもしれないなぁ、くらいのものです。
確かに、ロボットが生活していて、人:猿 の関係のように
ロボット:人 があるとしたら、受け入れ難い感情があるのも確かですが、
しかしそれは本質的には自分の子供は自分より優秀では許せない、
とする稚拙な感情論と変わらないだろうと思うわけです。
【超長寿】
もう一つ、この本で提供されている視点として1000歳といった
超長寿がありますが、これも本質的にはたいした問題ではないように思います。
実は不死にしても本質的なインパクトはないのではないでしょうか。
確かに、一人の人間は必ず死ぬというのがこれまでの考え方ですが、
もう200万年以上も”人類は生きている”わけですし、そもそも宇宙は
130億年以上生きているわけですからね。
少しスピリチュアルな観点に入ると、
僕は個人的には生まれ変わりのシステムというのは信じていますが、
コンピュータと融合した【ポスト・ヒューマン】が不死になり、
不死の状態で探求を続けていくのだとしたら、
生まれ変わりのシステムが不要となっただけで、
全体のシステムの目的変数に変化はないのでは、と思います。
【バーチャルリアリティ】
既に、視覚や聴覚に関してはバーチャルとリアルはかなり境界が曖昧に
なっているとこの本は言います。
僕もそう思います。電話から聞こえる恋人の声は、一旦電気変換されて
出力された声ではないですが、誰しもがそれを”リアル”として捉えている。
これは慣れと品質の問題であって、電気信号を脳が認知・解釈する
という本質は変わらないでしょう。だから、触覚や味覚、嗅覚においても、
同様のことが実現しうるということは驚くには値しないように思えます。
【世界観、人間観】
私は、人間とコンピュータの違いは”創造”にあると考えていましたが、
コンピュータが本当の創造性を備えることになったら、
人間とコンピュータの境界は極めて曖昧になるのは間違いないでしょう。
個人的に興味があるのは、
コンピュータが人類に取って代わってしまう恐怖・期待といったものよりも
【そして創造の先には何が待っているのか】につきます。
創造の極みがあるとして、そこに辿り着くのが、
今人類と呼ばれている種ではなく、コンピュータと言われる種であっても、
そこに対する個人的な興味は変わりません。
こういう世界観はここ50年の間には多くの人によって提供されているように思います。
例えば、かつては手塚治虫によって、
最近はマトリックスの監督ウォシャウスキー兄弟によって。
マズローの至高体験の概念では、死、終局、といった表現が使われます。
いずれ次世代の”何かしら”が至高の極みに達したとしたら、
そこで世界は終局を迎えるのかもしれませんね。
この世は、この世の役目を終えるというか。
個人的な予測を述べれば、
それは究極的に視野の広い認知(6次元や10次元に対しても)であり、
この世を理解しきることかもしれません。
それは例えば仏教の言葉で行けば独覚や耳門であり、
全ての次世代の”何かしら”が、互いにそれを理解できるようにという菩薩行があれば、
この世は終局を迎える、ということです。
発明家・未来学者という肩書きの人が、
仏教徒と同じような世界観を全く別の言語体系で述べているというのは
興味深いところですね。
(そういえば収穫逓増で有名な経済学者のブライアン・アーサーも
「出現する未来」の中で、スピリチュアルな経験について告白してましたっけ)
【個人的興味】
しかし、僕の個人的な興味は常に「今ここで暮らす人々の幸せ」です。
こういった未来予測自体に心を躍らせる人は、それ自体が幸せでしょうが、
そこまで関心の強くない多くの人にとってはどうでしょうか?
一つには、「次世代へつなぐ誇り」という価値観の浸透があるかもしれません。
つまり、自分自身が何かを達成するのではなく、遠大な何かのために、
次につなぐということの価値が、大切にされるということ。
これがあれば、上司は部下に優しくなり、
社会は子供をより大切にするようになるでしょう。
returnよりもpay it forwardの精神が尊ばれるようになり、
実績よりも意思が尊重される社会になるかもしれません。
結局大切だと思うのは【今 ここ】で何を体験するかだということです。
それ以外にできることなど何もないわけですから。
それが大切だということに変わりはないように思います。
むしろ、そういった究極的なイメージがあるからこそ、
【今 ここ】の重要性が浮き彫りになってくるように、
個人的には思えます。
ちょうどこの時期に黒澤明監督原作の「生きる」を見たのも、
ただの偶然ではないかもしれませんね(笑)
かつて、僕は宇宙船地球号の出現を必死に考えたものでした。
太陽が膨張し、地球を飲み込む前に地球を脱出しなければならない。
脱出方法のイメージが船だっただけで、
実際問題として次世代の【ポストヒューマン】がそれを実現したとしても
何の不都合もない。
本質的な部分としては、宇宙と神と実在について
「ポスト・ヒューマン誕生」ではいくつかの魅力的なシナリオが提示されています。
1.知性は宇宙を覆い、覚醒し、神が出現する(終局)
2.知性が宇宙を覆うと、知性はさらなる拡張を求め新たな宇宙を創造する
このどちらのシナリオであろうと、
実際問題、僕たちの生活に大きな影響はないというのが今の僕の心境です。
以前は、宇宙が縮小宇宙で、全てが無に帰すのだとしたら、
生きるとは何なのか、と悩みつかれたものですが、
「意識」という実在は、”不幸”を望んでいないことがよく分かったからです。
少なくともそれが僕にとっては真理なのです。
かりに膨張宇宙だとして、その真理に変わりはありません。
多世界解釈や10次元の宇宙というのはここまで多くの人がいうように
なっているということは、相当に確からしいのでしょうね。
「そう思考した」という事実がそういう世界を創造している、
というパラドックスが矛盾しないのも、多世界解釈などの面白いところだと
思います。
生命の本質というのは、創造であり、生成であるのでしょうね。
【生物・無生物】
今すでに僕の経験の一部はインターネットの中に吸収されています。
こうやってblogに書くことによって。
これは本質的には「ポスト・ヒューマン誕生」でいう、
コンピュータが互いをつないで理解しあうということと変わらないと思っています。
いずれ、インターネットそのものが”意思”を明確に持つようになったとしても、不思議ではないとも思います。
今、検索エンジンで「福田総裁の誕生日はいつ?」と入れたら、
それにヒットする情報が提供される、という類のものが開発されています。
単語を含むのではなく、文法を理解して、【問いに適切な文章】つまり意味を
検索してくる、という機能ですね。
将来的には「生きる目的とは何ですか?」とか「存在と意識とは何ですか?」ということを、検索エンジンが返してくるかもしれない。
場合によっては、インターネットにAIが組み込まれて
【インターネットとしてはこう思います】という答えをすら返してくるようになるかもしれない。
そうなったらそれはもう、無生物と呼ぶのは難しいでしょう。
インターネットのような【ネットワーク】が共有する情報が、
テキストのみならず、画像、動画と広がり、
さらに匂い、触覚、さらには感情の強弱なども、電気情報として共有できるようになり、
それらの莫大な情報から統合されたコンセプトを生み出すAIがあれば、
意思を持って答えを返すコンピュータ、というのも夢物語ではないでしょう。
9月 25th, 2007 at 19:21:58
大変勉強になりました。
特に、科学的に解っている事と、心理学や哲学で解っている事を重ね合わせて読み解かれている事などは、私にとっては新鮮な知見でした。
また、やはり実存にもどられる石川さんもさすがだと思います。
(どちらかというと、私は未来予想図に浮かれてしまう方なので・・・笑)
9月 25th, 2007 at 23:48:21
やなぎさん
コメントありがとうございます。
こちらこそ刺激的な書籍をご紹介いただいてありがとうございました。
時間軸こそ専門家でもない私には分かりませんが、シナリオそのもの、特に意思を持つコンピュータ(特にネットとAIの融合にその可能性を感じます)や、サイボーグ化する人間については可能性はかなり高いように思えます。
また何か面白いものがあればぜひご紹介ください。