Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
やっぱり自分で考えて行動して責任をとらないと。
category : enhanced life, キャリア・就職・転職, チームビルディング・エンゲージメント, 社会論・心理学・科学・教養・宗教など
■日記
【木曜日】
7時半ごろに起きてblogを書いて会社にいきました。9時出社。
午前中は打ち合わせをし、午後は割りと細かい地道作業を。
お昼は出前の寿司。ランチで1000円以内のセットは
しょっちゅう頼んでいます。
-Fさん、一覧表の作成ありがとうございました。
助かりました。
会社を出て最近顔を出していなかった本屋に寄りました。
「今日は買わないぞ」と意気込んだものの、
けっきょく「森田療法」岩井寛著
一人で地元の中華料理屋で夕食を食べましたが、これがお得!
焼きそばと生中と餃子が2個で、なんと900円!
しかも、味もイケてました。また行きそうです・・・
帰宅して缶ビールと雪見大福を堪能して就寝しました。24時ごろ。
【金曜日】
6時ごろに起きるも、どうもぼーっとして何もせず。
あれなら普通に寝てれば良かったかも・・・。
9時に出社して1日中打ち合わせ続きでした。
午後は渋谷で打ち合わせ。
渋谷の会社はシステムを作ってくれている会社さんですが、
まさにクライアント←→ベンダーを超えた戦略的パートナー
といった感じです。
去年の会社の忘年会ではこの会社の人もたくさん参加してくれたのですが、
多分、外から見たらどれが社員でどれが株主でどれがパートナー企業の人か、
わからないような状態だったと思います。
-いつもありがとうございます。
WordPressのAnalyticsの埋め込み方が分からずに聞いたら
一斉に笑い飛ばされた日にゃ、
ホントぶん殴ってやろうかと思いましたが♪
(僕はエンジニアじゃないんですよ、ホントに。素人ですから)
でも、家族のように迎えてもらって(いると思っていますけど?)
ホントに渋谷に伺うのはいつも楽しいです。ありがとうございます。
渋谷で打ち合わせを終え、カフェで一人仕事。
新宿に移動してセッションをやらせていただいて、
帰って風呂入ってビールと柿ピーを堪能して寝ました。24時半ごろ。
■徒然
ユングの文章を「自我と無意識(松代洋一、渡辺学訳)」
本当の預言者は誰しも、自分の身にこの役割が無意識のうちに課せられるとき、
まずはじめは雄々しく身を守ろうとするものである。したがって、
一瞬にして生じた預言者については、むしろ心的な平衡喪失を疑ってみたほうがよい。預言者になるのもいいが、そのかたわらのもうひとつ、
もっと狡猾で見るからに理にかなった喜びが秋風を送ってくる。
それは預言者の使徒になる喜びであって、これこそ大多数の人々にとって、
まさしく理想的な【処世術】(【】はblog筆者)なのだ。(中略)
慎み深く「師」の足許に座して自分自身でものを考えないようにする。
精神的な怠惰が徳となる。半ば神ともいえる者の日の光に浴しているだけでよいのだ。
太古趣味と小児症にみちが無意識的な空想に、たっぷり浸っても、
つけは自分に回ってこない。すべての責任は「師」におしつけられているからだ。
このことは上司を持つ部下、政治家を持つ国民、親を持つ子供、
どのような時にも意識すべきことのように思えます。
(上司や政治家や親もまた、自分が預言者然としていないか、
自分を吟味する必要があるように思いますが)
親との決別、教師との決別、母国との決別、環境との決別は、
人間が一旦自立するためには通るべき道で、
決別後に持てる感謝こそが、本物の感謝だろうとも思うわけです。
体験のないところに、理念や考え方、作法だけを伝えることは
守破離の守だといって、正当化されてきたかと思いますが、
僕はそこに疑問を感じる部分もあります。
小学生くらいまでならいざ知らず、自我の芽生える年頃以降に、
守というのは本当に大事なのか。
それよりも、己の経験を通して、己の経験を吟味することが大切ではないか。
そう思ったりします。
僕は極めて個性主義ですね。
個性主義はEupsychianの要の一つと思うのです。
先ほど引用したユングの主張は、僕にとってはとても大切な主張に
思えてならないのです。
自立、個性化というのはとても大切で、
それを達成することはなかなかに難しいのだろうと思います。
人は
赤子(無意識、我汝の境界なし、依存、純粋)
子供(我汝の境界の発生、自我・自意識の芽生え)
自立(ペルソナの放棄、自己の確立、真の感謝)
自己実現(個性の向上、利他的利己)
という段階があるのではないでしょうか。
このうち、自立をしっかりと果たしている人は実はなかなかに少ないようにも思えます。
というより、自立というのは極めて困難な目標のように思えるわけです。
(偽の)預言者も使徒も、子供のレベルが生み出すもののように思います。
正直に言えば、堀江氏や折口氏の精神の段階も子供にあったのだろうなどと
考えてみたりもします。(実際のところはもちろん知りませんが)
幼少時の親との不仲や、それ以外にも不遇などがあり、
その経験を【糧にする】というよりはその経験に【囚われて】
自我を成熟ではなく肥大させてしまった、というように思えるのです。
精神的成熟度と、資本主義での金銭的能力は必ずしも比例するわけではないようですね。
オウム事件のように、優秀なエリートが犯罪的集団に飲み込まれ社会的正気
を取り戻せないといったことは、ユングが危惧した使徒となることを
望む気持ちが起こしたとも言えるようにも思います。
こういった気持ちはなにも特別なことではなく、
上司のせいにする部下、政治家のせいにする国民と、
本質的にはほとんど相似形を見せるものと思います。
自立に至らぬ人には常に付きまとう危険ということかもしれません。
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