Enhanced Life based on Passion and Chance

パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ

パーソナルキャリアコーチ石川英明が、
キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。

「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」

category : enhanced life, 社会論・心理学・科学・教養・宗教など

■日記

今日は出社前にセッションを一つ。
9時にオフィスに行って、打ち合わせ。

僕の同僚は本当に向上心の塊というか、
仕事(のやり方)をブラッシュアップするのに、
こんなに真剣に取り組む人がいるだろうか、
と思うくらいで、とても刺激を受けます。

 -今日もありがとうございました。

お昼は、皿うどんを食しました。
午後はプロジェクトの資料を作成。

夜もセッションがあり、セッション前に「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」
を読みました。一気に読んでしまいました。
相当な刺激を受けました。その詳細は【徒然】で。

家に帰り妻と”インスパイリング・エクササイズ”をやって、
シャワーを浴びて、今blog執筆中です。

■夢

セッションの帰りに
「石川さんは、これからどんな仕事をしていくつもりなんですか」
と聞かれて、僕の口から出てきたのは
「これからはもう少しカウンセリングとかの勉強をしたいと思っています」
という言葉でした。

続けて
「人とコミュニケートする、というのは一生続けることと思いますが」

僕は今、河合隼雄という人にかなり傾倒しかけていて、
ユングやフロイトを越す人物なのではないかという気すらしますし、
最近熱を上げているマズローよりも、生き方としては
ロールモデルとなるのではないかと感じていたりします。

最近の僕にとって、夢というのはやたらにワクワクするような
ものでもなくて、コミットメントとか覚悟という言葉の方が
近いような気もします。

思い浮かべると笑顔になってしまう、というワクワクも
大切と思いますが、「この痛みは引き受けるのだ」という覚悟
というか、何かそういうものが、今の僕にとって”夢”の
定義になるのかもしれません。

僕にとっては、コミュニケーションとものの一側面に、
コミットメント、痛みを引き受けるというものがあるようです。

どれほどの痛みを引き受けられるようになるか、
ということにチャレンジしたいと思っている自分がいます。

こう書くのはある意味とても利己的であることの表出である
とも思いますし、ワクワクするような夢というよりは、
覚悟という言葉に近い気もします。

でも、今僕が「あなたの夢は何か」と問われれば、
そういう言葉になってくるのが自分にとってはとても自然なことなのです。

■徒然

引きつづきキャリアについて書こうと思っていたのです。
でも、今日はあまりに本から刺激を受けたので、
その話をします。

というか、きっとこれからも「書くべきこと」と「書きたいこと」
があったら、僕はこのblogでは「書きたいこと」を優先すると思います。

書きたいことを書き続けて、
それでこのblogは僕の分身のようになっていくのだろうし、
その分身を見て、例えば人から石川に会ってみたいと思われたほうが、
本望と思うからです。

もちろん僕も家庭人でもありますし、稼ぎも必要としていますが、
「こっちの方が儲かるから」で始めてしまうと、
結局自分も苦しいし、大して役に立たないものしか生み出せないような
気もします。

前置きはこれくらいにして「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」から、
インスパイアされたことを徒然と。

■暴力性
僕が、暴力性とか名誉欲とかそういうものが自分の中に存在すると一番実感したのは
Co-ducationの”代表は誰か”という話をしていた時でした。

もうネタにしてもいいだけの時間が経ったと思うので書きますが、
僕は自分が始めたと思ったCo-ducationの代表という肩書きを
他の人間に譲ろうと思っていました。

でも、サイトのリニューアル完了を目前に控え、
“代表 石川英明”と書かれないことに、「嫌だ」と思ったのです。
結局その意をみんなに伝え、誰も代表とは表記しない
という形で決着したのですが、このことは今も自分の中で
とてもインパクトが残っています。

僕は政治家なんかが不祥事をやったりすると
「権力を手にすると、すぐカネに走りやがって」
なんてすぐ批判をしていたんですね。

でも、自分の目の前に名誉とかお金とかがあった時に、
どれほどそれに自分が執着するものなのかを実感してから、
やたらめったらに批判はできなくなりました。

だって、人だもの、と思います。

安倍さんは確かに情けなかったのかもしれない。
でもあなた、一国の首相の責を全身に感じたことがありますか?
そう問われれば、僕には安倍さんを批判する資格がないように
思われる。批判できるほど、痛みを引き受けるコミットメントが
僕にはない。

■コミットメント

痛みを引き受ける、ある考え方とかを、
自分のものとして実践できるかどうか、それを考えてしまう、
時間がかかったとしても、自分の身に、浸透させられるかどうか、
それがないところで批判などできない、
そういうような趣旨のことを村上春樹の台詞として
書かれていて、僕は強く共感したのです。

■偶然を待つ

ぼくは何をしているかというと、偶然待ちの商売をしているのです。みんな偶然を待つ力がないから、何か必然的な方法で治そうとして、全部失敗するのです。ぼくは治そうとなんかせずに、ただずっと偶然を待っているんです。

■治るばかりが能じゃない
しかし、治るばかりが能じゃないんですよ。そうでしょう、生きることが大事なんだから。

■姿勢は伝わる
宗教家のように、弟子を何人か持って、その経験則を伝えるということは、河合先生の場合はありうるのですか。

あまりないですね。どうもそれを下手にやると、危ないと思っているんですよ。そういうことを考えると、その一線のダイナミズムがなくなってしまうから、個人的に弟子を持たないようにしているところがありますね。

では、その経験則は河合先生という個人性の中で終始してしまってもしかたがないとお思いなのですか?

しかし、姿勢は伝わりますから。ですが、まだわかりません。もうちょっと年をとったら、弟子とか何とかそういうことを言いだすかもわかりません(笑)。人間は弱いものですから。

■癒される
そういう人にお会いすることによって、ぼくの病いも癒されているということがたいへん多いと思いますね。この仕事をしていなかったらぼくはおかしくなっていると思います。

■イメージを持っている人は勉強ができない

その狭間で苦しむ覚悟が、もしかすると石川英明のアイデンティティかもしれないと思ったりもします。

2007/10/16(火) 1:21

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