Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
読む書く聞く話す考える
category : enhanced life, コミュニケーション
■日記
今日は朝にセッションを一つ。
麹町のオフィスに寄って青山へ。
青山で打ち合わせを1本やって、
麹町に戻って、お昼ご飯は長崎ちゃんぽんを。
午後は打ち合わせと個人作業。それから
メンバーの振返りセッション。
-振返りの話を聞かせてもらえるのは、
本当に僕自身の成長のためになります。ありがとうございます。
途中で仕事とも遊びともつかないマジメ楽しい雑談を。
そういう話ができる仲間と、会社であるってのは
ホントに幸せなことです。
-拙い表現を一生懸命に聞いてもらって、
カタルシスというか、癒されるんですよ、ホントに。
ありがとうございます。
家に帰って、納豆と味噌汁とごはんの質素な夕飯。
こういうのが幸せです。
今日電車で読んでいたのは、河合隼雄の「こころの処方箋」です。
書いてあることはなんてことない話なのかもしれませんが、
自分としてはかなり考えさせられます。
■夢
布団に入って寝て見る夢っていうのと、
「お前の夢は何だ?」って聞かれて答える夢とは、
同じ字を使っているだけあって、まぁ結構同じようなもんじゃないかなと
最近思ってます。
昨晩は夢を見て、いくつも見たんですけど、
あんまりよく覚えてないんですが、一つ覚えてるのは
道を歩いてて、振り向きたいけど、振り向いちゃいけない、
振り向いたらとても魅力的なことがあるんだけど、
振り向かないと自分が決めたので振り向かない、
で結局・・・振り向かずに歩いていった、っいうような夢でした・・・
割と、寝覚めのいい感じだったので、
自分にとってプラスの方向の意味なのかなと思います。
それが、今の僕の”夢”かもしれません。
■徒然
最近僕は自分が話す時間が減って、人の話を聞く時間が増えていると
自分では認識しています。(どうでしょう??)
少し前までは話す:聞く=9:1くらいだったのが、
まぁ7:3くらいにはなってるでしょうか。
(どうでしょう??)
でもやっぱり話したい、理解して欲しいというのがあるので、
ついつい聞かれてないことまで喋ったり、
相手が聞く準備ができていないのに話し始めたり、
もう飽きてるのに話し続けたり、
相手の話したいのをさえぎって自分が話したり、
そんなことばかりです。
僕個人としては、もっと聞ける人間になりたいという欲求はあるんですけれど、
難しいですね、ホントに。
今日も一回ありまして、結果としてみれば聞いてるフリしてたけど、
それは自分が話すための準備みたいなので、結局自分が話したいことを
話した、みたいな場面が。
あー、またやった、そんなのね、話してもたいして誰も聞いてないよ、
そんなツッコミが自分から入る感じです。
僕は、人と会う時には、できるだけ自分の話をしたくないと最近
思うようになってきました。できるだけ聞かせて欲しい。
「ねぇ、石川くん、今度ちょっと話を聞いてくれよ」と人から言われたい。
「話を聞かせてくれよ」でなしに。
というのも、自分が話をするってのは非常に難しいことですね。
相当に神経が要ります。
自分の話すことが、人にどんな影響を与えるのか、
そもそも相手はどんな気分でいるのか、
どんな話をしたら、何かの役に立つのか、
そういうことを考えると、話すというのは相当神経が要ります。
書く、というのはちょっと別で、
僕も、僕のことを理解して欲しい、共感して欲しいという欲求は
強くありますし、だからこうやっていっぱい書くわけですけれど、
「読む」というのは自発的な行為ですから「聞く」よりよっぽどいいというか、
楽というと語弊があるかもしれませんが、
つまり、読むのは、読み飛ばすこともできるし、読みたくないときは、
本を閉じるとか、別のサイトに飛ぶとかできるわけです。
それでも読むなら、読みたくて読んでるんだろう、
だから書くのは話すより気楽だ、と思っています。
まぁ普通に日本人であれば「あなたの話はつまらないので、
本であれば閉じてるところです。つまり僕はもうあなたの話は
これ以上聞きません」なんて言えないでしょうし、
我慢しながらも相槌なんてうってくれるかもしれません。
そう思うと、まぁ話すというのはやっぱり難儀だなと。
(でも、上述の通り、いつも話しすぎるわけですが・・・)
だからまぁ、「聞く」と「書く」。
それから「読む」と「考える」で生きていって、
「話す」はまぁ削れるだけ削ってみたらどうだろうか、
そんな気がしています。
もちろん、話したいですし、
話すべき場面というのも存在すると思いますから、
全く話さなくなるということでもないですし、
「教えて欲しい」と思えば、誰彼と質問しまくるということも
あるので、言語は発声はまぁするんですけれど。
5年10年、20年とかけて精進して
「なぁ、石川くん、君もっと自分から話をするべきやで」
と人から言われるようになれたら、また別の次元のことを
考えられるようになるかもしれません。
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