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Solphia財団代表理事石川英明が、
気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。

どうすれば自分がなにに対して執着しているのに気づき、それを手放す事ができるようになりますか?

category : 未分類

早速一つ問いをいただきまして。
ありがとうございます♪

「どうすれば自分がなにに対して執着しているのに気づき、それを手放す事ができるようになりますか?」

まずですね、別に執着が悪いわけじゃないんです。
執着したければすればいいし、したいだけしたらいいんです。
「執着する」という原因に見合った結果は、経験することにはなりますけど、
それだって、別に悪い事じゃないわけですから。

自分が何に執着しているかを気づくのはそんなに難しい話ではないです。
日常生活の中で「嫌だな」とか「イラッ」とかするものには、
なにかしらの執着があります。

だから、自分が嫌だなと思う体験ってのは、
基本的には執着があって体験しています。

例えばですね、僕は今も車を運転していて、
ウインカーをつけずに車線変更する車に出くわすたびにイラッとするんですね。
「あぶねーだろこのやろう」って。
それがまた、たいして危なくない時でも思っちゃうわけです(´Д`)

これは「車は車線変更するときはウインカーを出すべき!だって危ないからね!」っていう信念、執着があるからイラッとするわけですね。

もうちょっと言うと「周囲に気を使って生きろや!ぼけ!」っていうのが僕の中にあるわけですね。それに抵触するから、イライラします。

執着ってのはことほどさように、普通に日常の自分の中にあるものですね。
別にそんな大層なもんじゃないんです。

で、「周囲に気を使って生きる」って別にそんな悪いもんでもないですよね。
それを大切にしたいなら、したらいいんです。

ただね、執着ってのは非合理なんです。
まぁ、確かに周囲にも気を使いながら生きられたらいいかもしれません。
でも、周囲に気を使えないときだって、人生多々ありますよね。

例えば、会社が突然倒産して失業者になった日にそんなに他人に気を使えますかね?
例えば、癌があることが分った日にそんなに他人を気を使えますかね?

車線変更のウインカーださなかったドライバーが、
たまたまそんな日だったのか、そうじゃなかったのか、
それは僕には分からないんですけど、それでも僕は一律「ちゃんとウインカーだせや、ぼけ」ってイライラするんですよね。

それって、すごく非合理なわけです。

じゃーなんでそんな非合理なことをしちゃうかというと、
マイルールである「周囲にに気を使って生きるべき」っていうのに、
自分が抵触することがあるわけです。まぁ、人間だからそりゃあります。
その時に、自分で自分を責めるわけですね。
「ああ、ダメだ・・・」「こんな自分じゃいけない・・・」って。

もしくは、ルールを破りたいような状況でも、
それでも頑張って必死にルールを守るようにする。
「今日は周囲の事なんか気にしてる余裕ないけど、
 それでも絶対車線変更するときはウインカーを出すぞ」なんて、
頑張ってやるわけです。

「執着を手放す」ってのは、そんな自分にOKを出してあげる。
そんな自分を受け入れてあげる。
そんな自分を認めてあげる。。
そんな自分を赦す。自分自身で。
簡単に言えば、そういうことです。

「ああ、自分は偉いなぁ」とか。
「ああ、自分は頑張ってるなぁ」とか。
「ああ、自分もルールを守れない日もあるけど、そんな自分もありだよなぁ」とか。
「ああ、ルール守れない自分を責める自分がいるんだなぁ」とか。

自分にOKを出せれば、他人にもOkを出せるようになります。
それが「執着を手放した」状態ですね。

ちなみに「ウインカーを出せない自分も赦そう。OKにしよう」とすると、
ウインカーを出さない回数が増えそうでしょう?
ところがそうでもないところが、面白いところです。

むしろ、ちゃんとウインカー出せる数が増えたりするのが、面白いところなんですよね。
それでね、意外と、ほとんどのドライバーはちゃんとウインカー出してることに
気づいたりするわけです。

そうやって、世界は変わっていくんですね。

あ、引き続き「問い」絶賛募集中です。ぜひぜひご協力くださいませ♪

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2016/6/30(木) 21:47

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