Enhanced Life based on Passion and Chance
パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ
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キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。
“最近の若手”
category : 未分類
自分が学生の頃と比べて非常に優秀なところがある一方、
非常にもろいなと思うことも多い。
特徴としては
・やたらに空気を読む
・でも、空気を読んでコミュニケーションが切れてしまう
・”教わる”という姿勢がない。目上の人への敬意がない。なんでも自分で考えたがる。
・逆境に弱い
こういった問題意識から始まって、
ある会社さんで新人研修も一緒に開発させていただいたりもした。
まず、とにかくコミュニケーションが希薄である。”薄い”。
量はあっても、質が非常に低いと思う。これは由々しき問題だなぁと感じる。
ケータイの問題、核家族/共働き、一人っ子の問題などが、
これに直結しているだろうと感じられる。
最近の学生は本当に面と向かったコミュニケーションが下手だ。
ちょっと違和感があったり、感情的になったりすると、
そこでコミュニケーションを止めてしまう。
「どうして意見が違うのか」ということについてコミュニケーションせず
(それこそが本当のコミュニケーションだと思うのだが)
「人それぞれだよね」と大人のフリをしてコミュニケーションを閉じてしまう。
これでは多くの人を”巻き込んで”リーダーシップを発揮し、
社会的事業を成し遂げていくことなどできない。
社会的事業、などと大げさに言わなくても、
本当の友達関係すら作れないだろうと思う。
これは母親も仕事をもち(それ自体は価値あることと思うが)
子供とのコミュニケーションの”べったりさ”がなくなって、
親も親で、日頃子供をほったらかして仕事にかまけている贖罪として
「なんでもいいよ」「好きにしていいよ」と愛情に見せかけた
“放置”をしていることも一因だろうと僕は思う。
またケータイやネットの存在も大きいと思う。
ネットはそれこそネットワークを極端に広げたが、
それが逆に「限られた中で揉まれる」場をなくしてしまった。
それと、企業の新入社員などを見ていると、
とにかく生意気だ。生意気さというのはいい面もある。
「自分で考えよう」「自分なりの独自性を出そう」というのは
確かに大切な心持だ。しかし、「教わる」ということも大切なのだ。
それがあまりにアンバランスだと感じられる。
学校の先生も、最近の生徒が言うことを聞かないことには
ほとほと困り果てているという話を聞く。
職場で上司が叱っても本当に不満そうに「プライドを傷つけられた!」
みたいな顔をしてムスっとしている新人が多い。
守破離というのも、どんどんなくなってきているのだろう。
採用戦線では体育会系の学生が大人気だが、
“理不尽に偉い先輩”や”理不尽なルール”に対する耐性が強い
ということがその一因だろうと思う。
これまた、女性の経済力が高まってきて、
昔ほど”父親”が理不尽さを認められなくなったことは大きな要因と思う。
昔は、とにかく父親と言うのは偉かった。無条件に。
父親の言うことをは聞かなければいけなかった。なぜならば偉いから。
それが、女性が、つまり子供にとっては母親が、
平気で、子供に向かって「お父さんなんかね」と言えるようになったことも、
目上の人への敬意や、無条件にまず教わる”守”という感覚を奪っていったことと思
う。
しかし、女性が経済力を持つこと自体は、なんら悪ではない。
女性も仕事をし、男性に”依存”するのではない
自立した人生を送る。それは大変な事業だが、やり甲斐のあること
であることは間違いないと思う。
「だから女性は家にいるべきなんだ」というのは暴論だと思うし、
大切なことは、そうやって家庭環境が変わってきているのに、
子育ての新しい方法論が確立されていないことではないか。
「新しい親の教科書」が今求められているのではないか。
一方で、そういう環境で育った”若者”たちは、問題児なのか?
確かにそういう面もあるだろう。世代の違う人間からすれば、
問題ばかりが目に映る。
しかし、僕は若者と触れる機会に多く恵まれているが、
彼らは僕らよりもずっと”本質”を大切にしているように思う。
若いゆえに未熟さはもちろんあるし、
自分の考えも上手く言語化できず、人に伝えられないという面もあるが、
「地球のため」とか「人類の幸福のため」ということを、
大切にしようとする本気度みたいなものは、
僕らの世代よりも濃密だと思うのだ。
ただ、彼らは”競争社会”という側面における鍛錬を
あまり積む機会がなかったから、その面で甘っちょろい言い分になったりするけれども。
昔の感覚で行くと、本当に高校生くらいの子供が
会社に入ってきたように感じられるほど、幼い。
しかし、彼らの無邪気さ、イノセンスは僕たちに大切なことを問いかけているように
も思う。
「その仕事は、本当に社会のためになっているのですか?」
というイノセントな問いから、僕たちは逃げてはいけないと思う。
また逆に
「君はもう大人なのだから、大人として責任ある振る舞いをしなければならない」
ということを躾ける責務からも、逃げてはいけないと思う。
もともと”職場”が、子どもから母親や父親を奪ったのだとしたら、
“職場”が子どもの教育をしなければならないというのも、当然のこととも思う。
7月 25th, 2009 at 3:54:07
石川さん
私は石川さんより年上ですがコミュニケーションがすっごく苦手で変にプライドが高いのか少し納得できなかったりすると話せなくなってしまってY.O君ともケンカになったし困らせてしまってたような気がします。大人になるって難しいけどがんばります
7月 25th, 2009 at 8:50:14
>メッティさん
コメントをいただけるのはありがたいのですが、いつも私のblogとは直接関係のないY.O君との話ばかりで、ちょっと困惑しています。私のblogへのコメントというよりも、blogを媒介としてY.O君の話をされているかのようで・・・
イニシャルであっても個人を特定してコメントをいただくのも、ちょっと考えてしまいますし・・・