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パーソナルキャリアコーチ石川英明のブログ

パーソナルキャリアコーチ石川英明

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パーソナルキャリアコーチ石川英明が、
キャリアの考察を軸に、気の向くままにテーマを選んで思考を深めていくブログです。

■2011年と2012年。

category : 未分類

みなさん、明けましておめでとうございます。

最高の2012年をみなさんと創っていきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2012年に大切にしていきたいこと、
こういう社会を創造していきたいと思っていること、
そういうことを書きたいと思います。

この記事もきっかけになりつつ、みなさんと繋がりながら、
よりよい未来を共創していきたいなと、
本当に強く思います。

今、都ホテルのラウンジにいるのですが、
琴が演奏されています。
本当に美しい音色、調べ。
幸せな正月です。ありがとうございます。

そんな中で、いろいろと書いてみたいと思います。

■”自分だけ”より”みんなも”
■”今だけ”よりも”子も孫もひ孫も”

この二つが、今最も大切にしたいものと感じています。

うちの家族だけじゃなくて、隣の家族も。
うちの会社だけじゃなくて、あっちの会社も。
東京だけじゃなくて、福島も。
うちの国だけじゃなくて、地球の裏側の国も。

今だけじゃなくて、子供も、そのまた子供も。

■所有よりシェア

何かを持つこと、所有すること、独占することよりも、
共有し、都合し合い、分かち合うことの方がカッコいいし、美しい、
そういう考え方を大切にしたいと思います。

所有や独占は、限りある天然資源、地球と言う家を、
自分だけのものにしようとするカッコ悪い欲求で、行為で、
多くのモノを公共財として、使いたい人が、使いたいときに、
使いたいだけ使うという考え方の方が先進的だし、カッコいい。
そういう考え方をしてみようと思います。

例えば「マイカーを所有する」ということよりも「シェアカーを使う」という生き方。
所有している車で移動するよりも、電車やバスを使うという生き方。
これだけで空気汚染は相当減るだろうし、
その方がカッコいいと思うのです。

使いもしないモノを、自分のところに名誉欲や独占欲のために溜め込んでいるのは
カッコ悪くて、出来る限り分かち合おうとする生き方がカッコいい。

もっと広げて言えば、優秀な部下の才能を自分のためだけに囲おうとする上司よりも、
その才能を社会全体に分かち合おうとする上司の方がカッコいい。

あるアイデアを自社の利益のためだけに独占しようとする会社よりも、
社会全体に共有しようとする会社の方が素敵。

「たくさん持っている人間」よりも「度量の大きい人間」の方が敬意を払われる。

その為には、私たち自身が、
「より多くを持ち、優越感を持ちたい」という気持ちを
少しづつ手放していったらいいのだろうと思います。

才能、アイデア、資産、それだけが大切にされるのではなくて、
才能やアイデアや資産を、どんな素敵な使い方をしているか、
そこにもっと着目する生き方をしていきたいと思います。

■成功より成長

私は努力は大切なものだと思っています。
よりよい未来を実現するために努力する。
実現したい未来の実現のために努力する。
努力なしに、結果だけ手に入れることはできないだろうと思うのです。

しかし、今は「結果」だけに注目され過ぎているように思います。
そして、その結果と言うのは「他者と比較して高い成果を出したかどうか」
によって、結果の良しあしが判断される。

もし全ての人間(や動植物)が、同じ才能を持って生まれ、同じ環境によって育つのなら、
「結果」だけで、努力を測ることはできるでしょうけれども、
実際には、生まれは不平等です。
私のように、平和で豊かな日本に、五体満足に生まれる人間もいれば、
地雷の埋まった土地に生まれ、すぐに孤児になる人間もいる。
津波によって家族を失う人もいます。

私たちの前提は平等なものではありません。

でも努力が大切だとしたら、それはどのように測られるとよいでしょうか?
私は「その人の昨日と比較して」だと思います。

能力が10の人が11になる。
能力が100の人が110になる。

どちらも素晴らしく尊いこととして生きる。

障害を持って生まれた人は、
経済的な物差しでいけば「生きているだけでマイナス」ということになってしまうかもしれません。
でもそんな物差しが素敵だと思う人は、いないんじゃないかと思います。

ってことは、経済的な物差しと言うのは、
一つの物差しに過ぎないし、一番素敵な物差しでもなく、
一番最重要視する物差しでもないのではないでしょうか。

必死に闘病生活を送り、
それでも病が進行していく人、
そういう人を「結果が出ていない」からと言って価値がないとする価値観よりも、
一人一人が、自分の生まれた状況、環境の中でどう生きているのか、
そこに着目していく価値観の方が素敵だと思うのです。

だから、結果を他者と比較しての成功ではなくて、
その人自身の努力や成長そのものを大切にする。

親として、子供の成功を願うかもしれません。
教師として、生徒の成功を願うかもしれません。
上司として、部下の成功を願うかもしれません。
チームメンバーとして、チームの成功を願うかもしれません。

それを否定はできないようにも思いますが、
それらを超えて、
親として、子供の成長を願う。
教師として、生徒の成長を願う。
上司として、部下の成長を願う。
チームメンバーとして、チームの成長を願う。

周りと比較することを手放して、
昨日と比較することを大切にするだけで、
多くの人の自尊心が大切にされ、
平和で、リスペクトし合う世界に近づけるように思うのです。

■実績より意志

今、特に企業、仕事といった領域においては「意志よりも実績」が
とても重視されていると思います。

例えば、
「広告の仕事の経験はないけど、どうしても広告の仕事がやってみたい!」
という人と、
「広告の仕事で実績はすごいあるけど、広告の仕事はもう飽きてやりたくない」
という人、
採用するならば、後者を採用するということに、
その価値観が現れています。

この実績主義が、人から意志を奪い、意欲を奪っていると感じます。
人を過去に縛り付け、未来への意欲を発露させないようになっているのです。

これを覆そうとすると、
「約束を破る」
「恩知らず」
という批判も受けます。

でも変化し、成長することが生命の自然さだとしたら、
この考え方は、とても不自然なモノだと思います。

子猫を買って「子猫のままでいろ。子猫がかわいいから買ったんだから」
というのと変わらない不自然さだと思います。

枯れかけている巨木に水をやり、
新しい芽には水をやらないというような、不自然さだと思います。

子供が小学生の頃「大人になったらプロ野球選手になる!」と言っていて、
中学生になったら「将来、政治学者になりたい」と言ったとして、
それを批判する人は少ないかもしれません。

でも、ある一定以上の年齢に達すると、
夢や目標が変化することは不誠実なことのように扱われる傾向があると思います。

しかし、いくつになっても人は変化できるし、成長できるし、
また、自然とそうなるものだろうと思います。

確かに、一度決めたことを生涯やり続けることは素晴らしいことかもしれません。
カッコいいかもしれない。

でも「変わるのが当たり前」で「過去の実績よりも、未来への意志」を
大切にし合うほうが、私たちはもっと幸せに付き合えるんじゃないかと思うのです。

■個人と全体のバランス

リヴァタリアン。
コミュニタリアン。

個人の権利を絶対視するような新自由主義と、
全体性を大切にする共同体主義、

これはどちらもバランスを欠くと、
一方は、とにかく好き勝手に生きればいいという利己主義に、
一方は、個人の尊厳を無視する全体主義に、
陥ってしまうもののように思います。

私たちは「個か?全体か?」という問いを手放して
「個も全体もHappyであるにはどうしたらよいか?」という
問いを大切にした方がいいんじゃないかと思います。

個人的には、今の日本は、戦時中の全体主義への反省から、利己主義の方へ振れてきていて、またその反動から全体主義の方へ揺り戻しが起きているような感じがしています。

その揺り戻しの中で「全体を考える」「公共性」「繋がり」「絆」「分かち合い」といった美しい言葉が多く使われるようになってきていて、
その時に私たちが気をつけた方がいいと思うのは、
「個の尊重」「一人一人の持ち味」といったものも捨てないようにすることだと思います。

「全体を大切にすべきだ」となって、多数決の世界に陥ると、
それは多様性を失い、独裁的にもなりかねません。

その中で、私は「生成していく」「対話していく」ということを
大切にしたいなと思います。

民主主義が単なる多数決ではないのは、対話に開かれているからだと思います。

■楽しさ便利さより誇り

コンビニエンスストアは確かに便利です。
マイカーでの移動も便利です。
TVをなんとなく見ることは楽しいかもしれない。

便利さや楽しさを完全になくしてしまったら、
それはそれでつまらない世界かもしれませんし、
完全になくす必要はないだろうと思います。

けれど、一人一人が、全員が、
自分だけの楽しさや便利さを判断基準に、
物事を選んでいったらどうなるのでしょう?

マイカーを使わずに、電車で移動すれば、
空気汚染は減ります。
確かにそれはちょっと不便なことかもしれません。

でも「自分が誇りに思える選択は?」と自分に聞いて、
選ぶ選択肢はどれでしょうか?

自分の子供や孫に「うちの親は、50年後100年後の世界のことも考えて、
マイカーよりも電車を使うことを選んでいる人だ」と言われるのと、
自分の子供や孫に「うちの親は、自分の便利さのために、
僕らが生きていく世界を平気で汚す人だ」と言われるのと、
どちらの生き方をしたいでしょうか?

ちょっと不便かもしれない。
でもそれは、カッコいいし、誇らしい。

楽しさや便利さよりも、誇らしさを自分に問い続けた時、
自分の人生の幸福度は下がるでしょうか?上がるでしょうか?

私は、誇りを大切にして生きていきたいなと思います。

■批難より反省と行動

政治家が悪い、電力会社が悪い、マスコミが悪い、
まぁ確かに、悪いところはあるのかもしれませんが、
一番怖いと思うのは「彼らが悪いのであって、私たちは何も悪くないし、
彼らが変わらない限り、良くならない」という思考に陥ってしまうことです。

私は、正直なところ、今のマスメディアの報道姿勢には疑問を感じています。
それは、私たち市民から主体性と思考力を奪っていると思うからです。
マスメディアは権力を批判します。(もしくはしているように見えます)。

「いつになったら日本の政治は良くなるのでしょうか!?」
なんて、公共の電波で連呼する。

これは私は一種の洗脳だと思います。
このセリフから私たちが受け取るメッセージは
「政治が良くならなければ、日本は良くならない」
「すべては政治家が握っていて、私たちは無力な存在である」
こういうメッセージに染め上げられているように思うのです。

でも、政治家を選んでいるのは、私たちの投票という行為ですし、
電力を使っているのは、家庭人としての私たちと、産業人としての私たちです。

「企業が、私利私欲に走るからいけないんだ」と批判する人もいます。
企業に勤めたことのない、国立大学の大学教授から言われたりすると悲しくなります。

でもその企業で働いているのが私たちですし、
その企業の利益によって、税金があり、税金によって国立大学は運営されていたりする
わけです。

私たちは、今の世界をより良い未来に導いていける、
そのために私たちにできることがある、
厳しく言えば、私たちは片棒を担いでいるのです。

政治家も悪いかもしれませんが、投票している(ないしはしていない)のは私たちですし、
電力会社に問題があるかもしれませんが、その電気を使っているのは私たちですし、
企業は私利私欲に走っているかもしれませんが、その企業を構成しているのは私たちですし、
その企業の商品を購入してしようとしているのも私たちです。

でもそれは、逆に言えば、
私たちが変われば、変えられるってことだと思うのです。

だから批判して、批難して、世界のひどさを嘆くよりも、
自分たちの責任を見つめて、反省すべきは反省して、行動していくことの方が、
カッコいいし、素敵だし、誇らしいあり方だと思うのです。

■抜本的解決よりも生成
■”犯人”より”システム”

私は一時期保険代理店の仕事をしていたことがありました。
生命保険業界を変革することを理念としてスタートしたベンチャー企業でした。

古くからある生命保険企業の収益、収益分配構造は、
物凄く単純化して言ってしまえば「高い保険料と、高い社員の給料」になっていて、
インターネットを有効活用すれば、もっと人件費を抑えて、
顧客にとってもっと安い保険料で保険を提供できるようになるだろう、
そんなことを考えていました。

そういう考えからスタートしたので、
古くからある保険の大会社を目の敵にしているようなところがありました。

「悪いのは、今の保険会社だ」というわけです。

しかし、保険業界の歴史を調べていくうちに、
保険会社がどういう経緯や意図で発祥し、発展したのか段々と知識が増えていきました。

これも物凄く単純化して言うと、
「戦後、未亡人のために、国策として、雇用を生み出すために保険会社を作った」
という側面があったことを知りました。

つまり「人件費を払う」と言うこと自体が、一つの保険会社のミッションだったのです。

それを知ってから、私たちのミッションは
「今の悪い保険会社をやっつけろ」ではなくて、
「これまで雇用を生み出してくれた保険会社に感謝しつつ、
 時代の変化に対応できるように、保険業界の変革をソフトランディングさせていく」
ということに意識が変わりました。

確かに、今この瞬間だけを見ると、高い保険料、内訳として高い人件費を、
保険加入者が払っている、損をしているようにも見えます。
しかし、それは一種の相互扶助の形だったとも言えます。
少し多く保険料を払って、未亡人になってしまわれた方たちの雇用をささえていたのだと。

この構造をいきなり、急速に解決しようとすれば、
失業者が大量に出て、逆に社会が混乱することにもなりかねません。
だから、時間をかけて一歩づつ、構造の変革を推進し続けていく、
そういうことが大事なのだろうと思いました。

今社会に問題はたくさんあるかもしれません。
「抜本的解決」をしたくなるかもしれません。

私自身は、そういう抜本的解決と言うものに憧れて、
外資系のコンサルティングファームに就職したのです。

でも最近、本当の政治とか、経営とか、社会変革とかそういうものには、
歴史を知り、過去への感謝を持ち、その上で希望を持ち、
未来をステークホルダーと生成し続けるものなんじゃないかという気がしています。

■無知を取り払う

私が、3.11から感じたことは、とにかく自分の無知さ加減でした。

日本の財政問題も、エネルギー問題も、基地問題も、
何も知らなかったし、何も考えてこなかった。
情報としては触れていたかもしれないけれど、
自分の生き方と結び付けて考えていたことはなかった。

3.11ということがあって初めて、
福島に原発があり、原発によって自分の生活が支えられているということを知りました。
知ることは苦痛が伴うかもしれません。
それは、知ることによって責任が生じるからだと思います。

まさにゴアの「不都合な真実」です。
知ってしまえば、知らん顔をしているのは無責任な生き方になる。

環境問題を考えれば、
車に乗ることも、工場で生産されたものを使うことも、
お皿を洗剤で洗うことすら、
いちいち考えないといけない。

食糧問題、飢餓問題を考えれば、
ファーストフードを食べることも、
肉を食べることも、
無意識には出来なくなってしまう。

正直、面倒くさい。慣れないことをしなくてはならなくなる。

ただそれでも、自分の行為が、どういう範囲に、どういう影響を与えてしまうことなのか、
それを知ることから、目を背けることはやめたいと思います。

自分の子供に
「お父さんは、都合の悪いことからは目を背けて、僕たちや、僕たちの子供たちに、
 その負債を押し付ける生き方をしてきたよね」
とは言われたくないのです。
そっちの方が、よほど苦痛だろうと思います。

だから、自分の行為、不行為の影響を知ろうとする姿勢でいたいと思います。
その方が、誇らしい生き方だと思うのです。

★で、どうする?

Think Global、Act Local。
「大きな視野で考えて、今自分に出来ることからやっていく」

ハッキリ言って、いきなり聖人にはなれません。
車も使うでしょうし、コンビニも使うでしょう。
お酒も飲みます。

でもできることからやっていきたいと思います。

私は、就職活動というものに10年ほど携わってきた人間として、
まず日本の採用・就職というものの進化に取り組んでいきます。

それから「知ることを」を続けるために、
環境問題や財政問題など、様々な問題について
本を読む、レポートを読みたいと思います。

(これらを仲間たちと協働してやっていこうと思います)

今年は、多くの方と、
実現したい未来について語り合いたいと思いますし、
その為の機会を、積極的に創っていきたいと思います。

これを読んでくださった方も、
お一人お一人が、ご自身の生活の中で変化を創造し、
それについてまた、語り合う機会を持たせていただきたい、
そんな風に思っています。

来年の正月には
「2012年は、2011年の体験も糧にして、
 2013年への礎をしっかりと固めてこれたなぁ」
と振返れる、そういう1年間にしたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2012/1/2(月) 18:16


2 Responses to “■2011年と2012年。”

  1. motorcycle helmet reviews Says:

    Half Headwear are produced with photos for the front which can be used for a defend as well as visor. They have a squat set guitar neck boat that is easily-removed, that is ideal for hot days to consider off and also cools days to use. Since this motorcycle helmet doesn’t deal with the full face the facts isn’t rare regarding individuals to put on glasses, colors, or even goggles.

  2. メット Says:

    石川さん

    そうですね、昨年はうちも喪中だったし震災もあったし大変な年でしたね。その分まなぶこともたくさんあったと思います。
    他人と比べるのでなくいま自分にできることをしていきたいと思いました。
    がんばりましょう。 

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